本稿では,情報活用能力や情報モラルを育成する情報教育との関連について触れながら,プログラミング教育の必要性について考えます。 |
1 プログラミング教育が目指すもの
情報化が進展する社会では,特に3つの資質・能力が重要と協力者会議が整理しました。
その1つの「情報を読み解く」力は,インターネットが広範囲に影響を及ぼす現代社会では,必要な力の象徴です。
現代社会には,多種多様,大量の情報が溢れています。
その中から必要な情報を選択し,吟味し,適切な判断をする力が必要であることは,生活の中で十分実感できます。
このことなどから,以下のような3点が,特に必要な資質・能力とされています。
- 情報を読み解く
- 情報技術を手段として使いこなしながら,論理的・創造的に思考して課題を発見・解決し,新たな価値を創造する
- 感性を働かせながら,よりよい社会や人生の在り方について考え,学んだことを生かそうとする
2 プログラミング教育で育成を図る資質・能力
これを受け,学校教育で行うプログラミング教育では,子どもの発達段階を踏まえ,目標を次のように具体化しています。
プログラミング教育では,子どもに,コンピュータに意図した処理を行うよう指示することができるということを体験させながら,発達の段階に即して,次のような資質・能力を育成します。
(1)知識・技能
① 【小学校】 身近な生活でコンピュータが活用されていることや,問題の解決には必要な手順があることに気付くこと。
② 【中学校】 社会におけるコンピュータの役割や影響を理解するとともに,簡単なプログラムを作成できるようにすること。
③ 【高等学校】 コンピュータの働きを科学的に理解するとともに,実際の問題解決にコンピュータを活用できるようにすること。
(2)思考力・判断力・表現力等
- 発達の段階に即して,「プログラミング的思考」(自分が意図する一連の活動を実現するために,どのような動きの組合せが必要であり,一つ一つの動きに対応した記号を,どのように組み合わせたらいいのか,記号の組合せをどのように改善していけば,より意図した活動に近づくのか,といったことを論理的に考えていく力)を育成すること。
(3)学びに向かう力・人間性等
- 発達の段階に即して,コンピュータの働きを,よりよい人生や社会づくりに生かそうとする態度を涵養すること。
「プログラミング的思考」は,プログラムをつくるときに必要な考え方を取り入れたものです。
プログラミング的思考は,社会の中で広く考えると,例えばプラント工場の設計で使われるかもしれません。
決まった土地の中に,予算の範囲で,決まった流れの中で一定の働きをする施設を効率よく効果的に配置します。
プラント設計は,プログラミング的思考の例として考えられます。
また,5人のチームで協同して仕事をする場面も考えられます。
個性のある5人が得意分野を生かして,仕事の分担や順序,形態などを工夫し,協同して課題を克服していく。
このようなマネジメントすることもプログラミング的思考と言えるでしょう。
3 情報教育の目標との関連
このような資質・能力を「コンピュータに意図した処理を行うよう指示することができるということを体験させながら」育成します。
プログラミング教育は,コンピューターを媒介とする活動が想定されることから,情報教育との関連が考えられます。
情報教育の目標は,一言で言えば情報活用能力の育成を図ることです。
その情報教育の目標は,現行では次の3つの観点に整理されます。
(1)情報活用の実践力
課題や目的に応じて情報手段を適切に活用することを含めて,必要な情報を主体的に収集・判断・表現・処理・創造し,受け手の状況などを踏まえて発信・伝達できる能力
(2)情報の科学的な理解
情報活用の基礎となる情報手段の特性の理解と,情報を適切に扱ったり,自らの情報活用を評価・改善するための基礎的な理論や方法の理解
(3)情報社会に参画する態度
社会生活の中で情報や情報技術が果たしている役割や及ぼしている影響を理解し,情報モラルの必要性や情報に対する責任について考え,望ましい情報社会の創造に参画しようとする態度
文部科学省「教育の情報化に関する手引」より
情報教育とプログラミング教育は,関連性が深い内容を対象とします。
それぞれの特徴としては,情報教育は,対象が「情報」で,汎用性が高く広いものです。
プログラミング教育は,対象が「コンピューターの働き」で,情報教育と比較するとやや限定的です。
情報教育がソフト的とすれば,プログラミング教育はよりコンピューターに近くハード的とも考えられます。
プログラミング教育が導入される背景の一つには,産業界でシステムエンジニアが慢性的に不足していることがあります。
子どもがプログラミングに興味関心をもって,将来その力を発揮することの強い願いがあると考えられます。
なお,情報教育の観点については,現行の情報活用能力の3観点8要素を基に,「知識・技能」,「思考力・判断力・表現力等」, 「学びに向かう力・人間性等」の三つの柱に沿って,新学習指導要領の全面実施を目指して,再整理された案がまとめられています。
詳細は,別稿の「情報教育とプログラミング教育の目標の再整理」をご参照下さい。
4 人間主体でコンピューターが支える社会を創るプログラミング教育
(1)働きを知らず使用すると事故が起こる
機械やコンピューターの働きや仕組を知らないで使うと,事故に遭うことがあります。
しばらく前,アメリカの老婦人が,雨で濡れた猫の毛を乾燥させようと猫を電子レンジに入れて死なせたニュースがありました。
これが裁判となり,説明書に「猫を入れるな」と書かなかったメーカーは賠償金を支払いました。
仕組を知らない怖さです。
電子レンジは,弱い極性をもつ水分子を,高速で極性を変化させることで回転する摩擦熱を発生させて温めます。
水分子をもつものは,全てそうなります。
当然猫の体内には,水分子があります。
となると,猫を電子レンジに入れれば,後の結果は容易に想像できます。
機械やコンピューターの働きを知ることは,今の時代に生きる子どもには必要です。
プログラムは人が作るため間違うことがある,正確に制御しても誤動作はあり得ることを知る必要があります。
(2)人工知能が何を学んでいるのか,開発者も分からない
しばらく前,チェス,将棋とプロのプレイヤーに勝つコンピューター・ソフトウェアが登場しました。
囲碁の世界でも,プロの棋士に勝つ日が訪れました。
勝ったのは人工知能ソフト「AlphaGo」。
開発したのは英国グーグル・ディープマインド社です。
ディープラーニングが技術の中心です。
勝負は,人工知能の4勝1敗の完勝でした。
ただ,唯一の負けの状況について,次のような気になるコメントがありました。
「負けた一戦では,普通の棋士ならしないミスをした。どうしてそうなったのか分からない。」
ディープラーニングは,人工知能自身が行っています。
人工知能がどのように学んだか,どうしてそのような判断をしたのか,人間には分からないのです。
コンピューターの頭脳であるCPUが直接理解できるプログラムは,機械語(マシン語)です。数字の並びで構成されたものだけです。
マシン語は1と0の羅列です。電気的にハイとローに電圧を変えています。オンオフの単なる電気信号です。
その数字の並びは分かっても,その内容は人間には分かりません。
「どうして普通しないようなミスをしたのか分からない。」
これには,怖さを感じます。
映画ターミネーターや2001年宇宙の旅のようなコンビューターが暴走する時代が来るのではと危惧します。
仕組や働きが分からないでも,使えればよい。
そう簡単な話ではありません。
次代を担う子どもには,人間が主体の社会で,人間のよりよい生活をコンピューターが支える社会を創ることを目指してほしいものです。
その意味でも,プログラミング教育は,欠かせない教育です。
1 学校教育で行うプログラミング教育で育成を図る資質・能力は,知識・技能,思考力・判断力・表現力等,学びに向かう力・人間性等の観点で,具体が示されています。 2 情報教育は「情報」を対象とし汎用性のある情報活用能力や情報モラルの育成を目標としますが,プログラミング教育は,プログラミング的思考に代表される考え方やコンピューターの働きを人生や社会に生かす態度の育成を目標としています。 3 人間のエラーや機械・コンピューターのエラーが起こり得ます。より豊かな社会の創造のためには,人間が主体となりコンピューターが支える社会づくりが必要です。そのためにもプログラミング教育は必要です。 |
小学校段階における論理的思考力や創造性,問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議「小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ)」平成28年6月16日, [online]http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/122/attach/1372525.htm(参照2017-3-1)
「教育の情報化に関する手引」作成検討会「教育の情報化に関する手引」作成検討会(第5回) 配付資料 > 「教育の情報化に関する手引」(案)平成21年2月20日, [online]http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/122/attach/1372525.htm(参照2017-3-1)