- 平成29年告示の中学校学習指導要領美術科の目標は,どのようなものでしょうか。
- 中学校美術科では,「表現及び鑑賞の幅広い活動を通して,造形的な見方・考え方を働かせ,生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わる資質・能力 」の育成を目指します。
美術科の学習は,主体的な創造活動を通して,造形的な視点を豊かにもち,心を生き生きと働かせて,自己実現を果たしていく中でよいものや美しいものをつくりだす喜びを実感的に味わうことにより,よさや美しさを自分の中で大事な価値とし,それらにあこがれる心が一層豊かに育っていくことが期待されます。
造形的な見方・考え方とは,
よさや美しさなどの価値や心情などを感じ取る力である感性や,想像力を働かせ,対象や事象を,造形的な視点で捉え,自分としての意味や価値をつくりだすことです。
造形的な視点とは,
造形を豊かに捉える多様な視点であり,形や色彩,材料や光などの造形の要素に着目してそれらの働きを捉えたり,全体に着目して造形的な特徴などからイメージを捉えたりする視点のことです。
掲載の趣旨
平成29年告示の学習指導要領では,資質・能力や内容などの全体像を分かりやすく見渡せるよう,枠組みが大きく見直され「学びの地図」として整理されました。
その趣旨に添い,本稿では,解説本文を次のように編集しています。
・ 目標解説の内容が捉えやすいように原文を装飾
・ 他教科等・他学校種の目標や解説が比較しやすように編集
具体的には,本文は原文通りで,次のように編集しています。
・ 各教科等の目標の解説を共通した章立てで構成
・ 学校種間の対応する内容についてリンクで移動 など
掲載の趣旨の詳細は,下のボタンより参照できます。
なお,本稿は,「文部科学省ウェブサイト利用規約」(2018年3月1日に利用)に基づいて,原本を加工し作成しています。
小学校・中学校各教科等の目標の解説 「小・中学校「教科等の目標解説を縦横に読む」シリーズ」は,下のボタンより閲覧できます。
中学校 美術科の目標
1 教科の目標
(1)教科の目標
教科の目標は,小学校図画工作科における学習経験と,そこで培われた豊かな感性や,表現及び鑑賞に関する資質・能力などを基に,中学校美術科に関する資質・能力の向上と,それらを通した人間形成の一層の深化を図ることをねらいとし,高等学校芸術科美術,工芸への発展を視野に入れつつ,目指すべきところを総括的に示したものである。
表現及び鑑賞の幅広い活動を通して,造形的な見方・考え方を働かせ,生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わる資質・能力を次のとおり育成することを目指す。
(1)対象や事象を捉える造形的な視点について理解するとともに,表現方法を創意工夫し,創造的に表すことができるようにする。
(2)造形的なよさや美しさ,表現の意図と工夫,美術の働きなどについて考え,主題を生み出し豊かに発想し構想を練ったり,美術や美術文化に対する見方や感じ方を深めたりすることができるようにする。
(3)美術の創造活動の喜びを味わい,美術を愛好する心情を育み,感性を豊かにし,心豊かな生活を創造していく態度を養い,豊かな情操を培う。
※ 平成20年中学校学習指導要領「美術」目標
「表現及び鑑賞の幅広い活動を通して,美術の創造活動の喜びを味わい美術を愛好する心情を育てるとともに,感性を豊かにし,美術の基礎的な能力を伸ばし,美術文化についての理解を深め,豊かな情操を養う。」
※ 平成10年中学校学習指導要領「美術」目標
「表現及び鑑賞の幅広い活動を通して,美術の創造活動の喜びを味わい美術を愛好する心情を育てるとともに,感性を豊かにし,美術の基礎的能力を伸ばし,豊かな情操を養う。」
※ 平成元年中学校学習指導要領「美術」目標
「表現及び鑑賞の活動を通して,造形的な創造活動の能力を伸ばすとともに,創造の喜びを味わわせ,美術を愛好する心情を育て,豊かな情操を養う。」
(2)目標の構成
教科の目標は,教科で何を学ぶのかを明確に示すとともに,具体的に育成することを目指す資質・能力を
(1) 「知識及び技能」,
(2) 「思考力,判断力,表現力等」,
(3) 「学びに向かう力,人間性等」
の三つの柱で整理した。
教科の目標の実現に向けては,これらの(1),(2),(3)を相互に関連させながら育成できるよう確かな実践を一層推進していくことが求められる。
2 柱書
(1)学び方
【表現及び鑑賞の幅広い活動を通して】
表現及び鑑賞の活動は,
・ 生徒一人一人が自分の心情や考えを生き生きとイメージし,それを造形的に具体化する表現の活動と,
・ 表現されたものや自然の造形などを自分の目や体で直接捉え,よさや美しさなどを主体的に感じ取り,作者の心情や美術文化などについて考えるなどして見方や感じ方を深める鑑賞の活動と
がある。
① 表現
表現においては,発想や構想に関する項目と技能に関する項目に大きく二つに分けて整理し,これらを組み合わせて題材を設定するようにした。
さらに発想や構想に関する項目については
・ 「感じ取ったことや考えたこと」などを基にした発想や構想と,
・ 「伝える,使うなどの目的や機能」などを考えた発想や構想
に分けて内容を示した。
また,発想や構想に関する資質・能力を育成する項目の全ての事項に「主題を生み出すこと」を位置付け,生徒自らが強く表したいことを心の中に思い描き,発想し構想を練り,生み出した主題を追求して表現することを重視した。
② 鑑賞
鑑賞においては,「美術作品など」に関する事項と,「美術の働きや美術文化」に関する事項に大きく二つに分けて整理し,
・ 自分の見方や感じ方を大切にしながら主体的に造形的なよさや美しさなどを感じ取ったり,
・ 作者の心情や表現の意図と工夫,美術の働きや美術文化について考えたり
することを基本としている。
ここでは,古来,人々が大切にしてきたものや価値に気付き,人間が営々としてつくりだし,継承してきた美術作品や文化とその精神などを味わい理解し,それら を尊重する態度を育てることが重要である。同時に,生活や社会を美しく豊かに する美術の働きなどについて実感を伴いながら見方や感じ方を深めていくことが大切である。
指導に当たっては,学習のねらいに応じて指導事項を組み合わせて題材を設定するなどし,鑑賞に関する学習の充実を図っていくことが重要である。その際,美術作品だけではなく自然や身の回りの環境,事物も含め,幅広く鑑賞の対象を捉えさせ,美術が生活や社会において重要な役割を果たしていることを実感できるような学習を充実させる必要がある。
(2)見方・考え方
【造形的な見方・考え方を働かせて】
① 造形的な見方・考え方
ここでは,どのような視点で物事を捉え,どのような考え方で思考していくのかという物事を捉える視点や考え方を,図画工作科の特質に応じて示している。
造形的な見方・考え方とは,
美術科の特質に応じた物事を捉える視点や考え方として,表現及び鑑賞の活動を通して,よさや美しさなどの価値や心情などを感じ取る力である感性や,想像力を働かせ,対象や事象を,造形的な視点で捉え,自分としての意味や価値をつくりだすこと
が考えられる。
今回の改訂では,造形的な視点を豊かにもって対象や事象を捉え,創造的に考えを巡らせる資質・能力の育成を重視している。
造形的な視点とは,
造形を豊かに捉える多様な視点であり,
・ 形や色彩,材料や光などの造形の要素に着目してそれらの働きを捉えたり,
・ 全体に着目して造形的な特徴などからイメージを捉えたり
する視点のことである。
私たちは日々,様々な形や色彩などに出合いながら生活している。身の回りには形や色彩などの造形の要素が働き,それらが複雑に組み合わさり様々なイメージをつくりだしている。同じものを見てもよさや美しさを感じる人もいれば,そうでない人もいるように,どれだけ多くのよさや美しさが自分の身近な生活の中にあったとしても,造形的な視点がなければ気付かずに通り過ぎてしまう。そして,よさや美しさなどの価値や心情などを感じ取る力も十分に育っていかないものである。
美術科の学習は,様々な形や色彩などの造形と,想像や心,精神,感情などの心の働きとが,造形の要素を介して行き来しながら深められる。
造形的な視点をもつことで,漠然と見ているだけでは気付かなかった身の回りの形や色彩などの働きに気付いたり,よさや美しさなどを感じ取ったりすることができるようになる。造形的な視点とは,美術科ならではの視点であり,教科で育てる資質・能力を支える本質的な役割を果たすものである。
※ 【英訳(仮訳)】中学校学習指導要領では,「各教科等の特質に応じた物事を捉える視点や考え方(以下「見方・考え方」という。)」を「discipline-based epistemological approaches, hereinafter referred to as “Approaches”」と訳す。見方・考え方を“Approaches”で代表している。このことを考え合わせると見方・考え方の意味がより一層捉えやすくなる。すなわち,見方・考え方は,物事を認識するときの入り方,近づき方,せまり方と言い換えることができる。
引用:文部科学省「平成29年改訂中学校学習指導要領英訳版(仮訳)」[ONLINE]https://www.mext.go.jp/content/20200227-mxt_kyoiku02-100002604_2.pdf(cf:2020.05.26)
② 造形的な見方・考え方を働かせる
造形的な見方・考え方を働かせるためには,表現及び鑑賞のそれぞれの活動において,このような造形的な視点を基に,どのような考え方で思考するかということを一人一人の生徒にしっかりともたせるようにすることが必要である。
例えば「A表現」(1)では,
・ アの事項は,自己の表したいことを重視して発想や構想をするのに対して,
・ イの事項は,目的や機能などを踏まえて発想や構想をするなど,
発想や構想の考え方には違いがある。
それぞれの事項の学習を深めるためには,その事項においてどのような考え方で思考し,発想や構想をしていくのかということを生徒自身が理解し自覚できるようにすることが大切である。
そして造形的な見方・考え方を働かせることは,生涯にわたって生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わる資質・能力の育成につながるものである。
(3)資質・能力
【生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わる資質・能力 】
美術科においては,これまで,
・ 創造活動の喜びを味わい,美術を愛好する心情を育てるとともに,
・ 感性や美術の創造活動の基礎的な能力を育てること,
・ 美術文化の理解を深め,豊かな情操を養うこと
などから目標を示してきた。
しかし,中学校を卒業したときにどのような資質・能力が身に付き,何ができるようになるのかが具体的な姿としてわかりにくい側面もあった。
今回の改訂では,生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わることができる生徒の姿を念頭に置いて育成を目指す資質・能力を具体的に示すようにした。
生活や社会の中の美術や美術文化と豊かに関わる資質・能力とは,
造形的な視点を豊かにもち,生活や社会の中の形や色彩などの造形の要素に着目し,それらによるコミュニケーションを通して,
一人一人の生徒が自分との関わりの中で美術や美術文化を捉え,生活や社会と豊かに関わることができるようにするための資質・能力のことである。
生活や社会の中での美術や美術文化への関わり方には様々なことが考えられる。
例えば,美術に専門的に関わる人もいれば,余暇に絵や陶芸を制作したり美術館で鑑賞に親しんだり,美術の文化遺産を見るために寺社や博物館などを訪れたりする人もいる。
また,生活の中で美しく分かりやすいウェブページやチラシのデザインを考えたり,ものを選んだり飾ったりするときに形や色彩に思い入れをもったりする人もいる。
日常の中にある建物や街並みなどの人工的な造形に心を動かしたり,紅葉や夕日などの自然の造形を見て美しさを感じ取り味わったり,写真に残したりする人もいる。
このように,生活の中で造形的な視点をもって身の回りの様々なものからよさや美しさなどを感じ取ったり,形や色彩などによるコミュニケーションを通して多様な文化や考え方に接して思いを巡らせたりすることで心豊かな生活を形成することにつながっていくものである。
これらの学びは,これまで美術科で重視してきた,
① 美的,造形的表現・創造,
② 文化・人間理解,
③ 心の教育
の視点からも捉えることができる。
このような考えに立って,全ての生徒に美術の学習を通して共通に身に付けさせる資質・能力を一層明確にした。
3 三つの柱
(1)教科の目標(1),(2),(3)について
今回の改訂では,従前は一文で示してきた教科の目標を,美術科において育成を目指す資質・能力をより明確にするため
(1) 「知識及び技能」,
(2) 「思考力,判断力,表現力等」,
(3) 「学びに向かう力,人間性等」
に整理し示している。
具体的には,
(1)は,造形的な視点を豊かにするために必要な知識と,表現における創造的に表す技能に関する目標,
(2)は,表現における発想や構想と,鑑賞における見方や感じ方などに関する目標,
(3)は,学習に主体的に取り組む態度や美術を愛好する心情,豊かな感性や情操などに関する目標
について示している。
美術科で目指す資質・能力の育成は,目標に示されている(1),(2),(3)が相互に関連し合い,一体となって働くことが重要である。
よって,必ずしも,別々に分けて育成したり,「知識及び技能」を習得してから「思考力,判断力,表現力等」を身に付けるといった順序性をもって育成したりするものではないことに留意する必要がある。
(2)知識及び技能
対象や事象を捉える造形的な視点について理解するとともに,表現方法を創意工夫し,創造的に表すことができるようにする。
ここでは,育成することを目指す「知識及び技能」について示している。
前半部分は,造形的な視点を豊かにするために必要な知識に関するもの,
後半部分は,創造的に表す技能に関するもの
であり,教科の目標(1)は,この二つから構成されている。
① 知識
【対象や事象を捉える造形的な視点について理解する】」
ここでは,造形的な視点を豊かにするために必要な知識について示している。
今回の改訂では,美術科における知識として,具体的には〔共通事項〕の内容を示している。
ここでの知識とは,単に新たな事柄として知ることや言葉を暗記することに終始するものではなく,
生徒一人一人が表現及び鑑賞の活動の学習過程を通して,個別の感じ方や考え方等に応じながら活用し身に付けたり,実感を伴いながら理解を深めたりし,新たな学習過程を経験することを通して再構築されていくものである。
対象や事象を捉えるとは,
美術作品や造形物,自然物などや,生命感や心情,精神的・創造的価値などを認識することである。
造形的な視点について理解するとは,
形や色彩,材料や光などの造形の要素の働きや,造形的な特徴などを基にして心に思い浮かべる像や情景,ある物事について抱く全体の感じといったイメージなどを捉えるために必要となる視点について理解することである。
ここでは,生徒が自分の感じ方で形や色彩の働きやイメージ,作品の傾向や特徴である作風などを捉えられるよう,表現及び鑑賞の活動を通して造形的な視点を豊かにするために必要な知識として実感を伴いながら理解できるようにすることである。
対象や事象を捉える造形的な視点について理解し,造形を豊かに捉えるような多様な視点をもてるようにするためには,生徒の実態や発達の特性などを考慮して,〔共通事項〕に示されている内容を「A表現」及び「B鑑賞」の指導と併せて十分な指導が行われるようにする必要がある。
② 技能
【表現方法を創意工夫し,創造的に表すことができるようにする 】
ここでは,発想や構想をしたことを基に,材料や用具などを生かし工夫するなどして創造的に表す技能について示している。
表現方法を創意工夫しとは,
発想や構想したことなどを基に,表現の意図に応じて様々な技能を応用したり,工夫を繰り返して自分の表現方法を見付け出したりすることである。
創造的に表すことができるようにするとは,
更に美しい,面白い表現を創出する技能を伸ばすことである。また,創意工夫し表すこと自体が挑戦しがいのある楽しい活動であることを実感することが,生徒自らの新たな創造の喜びにつながるものである。
表現の学習では,発想や構想に関する資質・能力と創造的に表す技能とが相互に関連しながら育成されていくものであり,両者が関連しあって初めて,創造的な表現が可能になるのである。
(3)思考力,判断力,表現力等
造形的なよさや美しさ,表現の意図と工夫,美術の働きなどについて考え,主題を生み出し豊かに発想し構想を練ったり,美術や美術文化に対する見方や感じ方を深めたりすることができるようにする。
ここでは,育成することを目指す「思考力,判断力,表現力等」について示している。
美術科において育成する「思考力,判断力,表現力等」とは,
・ 表現の活動を通して育成する発想や構想に関する資質・能力と,
・ 鑑賞の活動を通して育成する鑑賞に関する資質・能力であり,
教科の目標の(2)は,大きくはこの二つから構成されている。
詳細に見ていくと,
・ 前半部分は,発想や構想と鑑賞の双方に重なる資質・能力を示している。
・ 中間部分は,発想や構想に関する資質・能力であり,豊かに発想し,創造的な表現の構想を練ったり再度練り直したりする資質・能力を示している。
・ 後半部分は,鑑賞に関する資質・能力であり,造形的なよさや美しさなどを感じ取ったり表現の意図と工夫などについて考えたりするなどの見方や感じ方に関する資質・能力を示している。
① 「造形的なよさや美しさ,表現の意図と工夫,美術の働きなどについて考え 」
この部分は,発想や構想と鑑賞の双方に重なる資質・能力を示している。
造形的なよさや美しさとは,
形や色彩などから感じるよさや美しさとともに外形には見えない本質的なよさや美しさなどのことである。
表現の意図と工夫とは,
作品に込められた作者の心情や表現の意図と工夫などのことである。
また,美術の働きなどとは,
身の回りにある自然物や人工物の形や色彩,材料などの生活や社会を心豊かにする造形や美術の働きなどについて示している。
これらは,発想や構想をする際にも,鑑賞をする際にも働く中心となる考えを示している。
「思考力,判断力,表現力等」をより豊かに育成するためには,発想や構想と鑑賞に関する資質・能力を総合的に働かせて学習が進められるようにすることが大切である。
例えば,伝達のデザインとしてピクトグラムを制作する題材について考えると,ピクトグラムを描くこと自体が学習の中心ではない。
ここでの学習の中心となるものは,目的や条件などを基に,他者や社会に形や色彩などを用いて美しく分かりやすく伝える生活や社会の中でのデザインの働きなどについて考えることである。
これらはピクトグラムを発想や構想をするときも,鑑賞するときにも働く中心となる考えといえる。
このような共通に考える内容が不明確なままでは,作品を制作すること自体が目的化してしまい,発想や構想が深まりにくいだけでなく,鑑賞は描くための参考として作品を見る程度にとどまり,鑑賞の活動が単なる発想や構想の補助的な役割として終わってしまう恐れがある。
発想や構想に関する資質・能力や鑑賞に関する資質・能力を育成する観点から,造形的なよさや美しさ,表現の意図と工夫,美術の働きなどの学習の中心になる考えを明確にすることにより,鑑賞したことが発想し構想を練るときに生かされ,また発想や構想をしたことが鑑賞において見方や感じ方に関する学習に生かされるようになることが大切である。
学習を終えたとき,「ピクトグラムを描いた」ことだけが生徒の中に学びとして残るのではなく,形や色彩などの造形の要素の働きによって気持ちや情報を伝えることができ,伝える相手や場面などに応じて,より効果的に伝えるためには何が大切かという考え方を学びとして身に付けられるようにすることが重要である。
このようなそれぞれの資質・能力が相互に関連して働くようにすることを積み重ねることが,より豊かで創造的な「思考力,判断力,表現力等」の育成につながると考えられる。
② 「主題を生み出し豊かに発想し構想を練る 」
ここでは,主題を基に表現の構想を練る発想や構想に関する資質・能力について示している。
主題を生み出しとは,
生徒自らが感じ取ったことや考えたこと,目的や条件などを基に「自分は何を表したいのか,何をつくりたいのか,どういう思いで表現しようとしているのか」など,強く表したいことを,心の中に思い描くことであり,独創的で個性豊かな発想や構想をする際に,基盤になるものである。
今回の改訂では,学ぶことに興味や関心をもち,見通しをもって粘り強く取り組み,自己の学習活動を振り返って次につなげる「主体的な学び」の実現が求められている。「A表現」の活動において主題を生み出すことはこのことからも重要な役割をもっている。
豊かに発想し構想を練るとは,
生徒が自ら生み出した主題を基に対象を再度深く見つめたり内面や本質を捉え直したりして,自分の思いや願い,他者への気持ち,分かりやすさ,よさや美しさ,あこがれなどを考えながら豊かに発想し構想を練ることである。
表現活動の喜びは,人とは違う自分独自の満足できる発想や構想を生み出すことができたときに特に強く感じられる。
そのため題材では,画一的な表現をするのではなく,生徒の多様な個性やよさが伸ばせるように工夫することが求められる。
それぞれの生徒が形や色彩などの造形の要素の働きやイメージなどを豊かに捉えながら美的,創造的な構成を考える学習活動を展開することが,より深い「思考力,判断力,表現力等」を育成することにつながるのである。
③ 「美術や美術文化に対する見方や感じ方を深める 」
ここでは,造形的なよさや美しさを感じ取ったり,表現の意図と工夫,美術の働きや美術文化などについて考えたりして,見方や感じ方を深める鑑賞に関する資質・能力について示している。
ここでの美術とは,
単に美術作品だけを指しているのではなく,美術科で学習する自然の造形や身の回りの環境,事物なども含めた幅広い内容を示している。
鑑賞の学習では,自分の見方や感じ方を大切にしながら主体的に造形的なよさや美しさなどを感じ取ることを基本としている。
そして生徒自身が自然の造形や美術作品などに働きかけ,豊かに関わることを通して,自分の中に新しい意味や価値をつくりだす創造活動である。
また美術文化については,
・ 材料・技術・方法・様式などによって美を追求・表現しようとする美術の活動や所産など,人間の精神や手の働きによってつくりだされた有形・無形の成果の総体
として幅広く捉えることが大切である。
そしてそれは現代の生活や社会の中の美術の働きとも大きく関わり,つながっているものである。
私たちの身の回りには,美術作品だけでなく伝統工芸や文化遺産,さらには自然物や人工物なども含めて美術や美術文化として捉えることができる対象が多く存在する。
これらに対する見方や感じ方を深めることは,人間が豊かな生活や社会を創造する上でなくてはならないことである。
また,グローバル化が進む中,これからの国際社会で活躍する日本人を育成するためには,我が国や郷土の伝統や文化を受け止め,そのよさを継承・発展させるための教育や,異なる文化や歴史に敬意を払い,人々と共存してよりよい社会を形成していこうとするた めの教育を一層充実する必要がある。
美術においては,古くからの美術作品や生活の中の様々な用具や造形などが具体的な形として残されており,受け継がれてきたものを鑑賞することにより,その国や時代に生きた人々の美意識や創造的な精神などを直接感じ取ることができる。
それらを踏まえて現代の美術や文化を捉えることにより,文化の継承と創造の重要性を理解するとともに,美術を通した国際理解にもつながることになる。
以上のことから,美術科は文化に関する学習において中核をなす教科の一つであるといえる。
見方や感じ方を深めるとは,
鑑賞の視点を豊かにもち,対象や事象の見方や感じ方を深めることである。
中学生は心身ともに成長し,大人に近づく時期でもある。第1学年の時に感じられなかったことが,第3学年になると感じられるようになることもある。
見方や感じ方を深めるためには,このような発達の特性を考慮し,その時期の見方や感じ方を大切にすることが求められる。
また,造形的なよさや美しさを感覚的に感じるだけに終わるのではなく,感じ取ったことを基に,作者の心情や表現の意図と工夫,生活や社会の中の美術の働きや美術文化などについて考えることで,見方や感じ方はより深められる。
(4)学びに向かう力,人間性等
美術の創造活動の喜びを味わい,美術を愛好する心情を育み,感性を豊かにし,心豊かな生活を創造していく態度を養い,豊かな情操を培う。
ここでは,育成することを目指す「学びに向かう力,人間性等」について示している。
教科の目標(1)及び(2)に関する資質・能力を,どのような方向性で働かせていくかを決定付ける重要な要素である。
・ 主体的に美術の学習に取り組む態度も含めた学びに向かう力や,
・ 美術の創造活動の喜び,
・ 形や色彩などによるコミュニケーションを通して生活や社会と主体的に関わること,
・ 美術文化の継承と創造に向かう態度,
・ 豊かな感性や情操など,
・ 情意や態度等に関するものが含まれる。
このような美術科における学びに向かう力や人間性等を育んでいくためには,一人一人の生徒が,自己の生き方との関わりの中で,表現及び鑑賞に関する資質・能力を身に付け,学んだことの意義を実感できるような学習活動を充実させていくことが重要となる。
① 「美術の創造活動の喜びを味わい 」
創造活動は,新しいものをつくりだす活動であり,創造活動の喜びは美術の学習を通して生徒一人一人が楽しく主体的,個性的に自己を発揮したときに味わうことができる。
・ すなわち,表現の活動においては,ただ自由に表現するということではなく,自己の心情や考え,他者への思いや願い,イメージ,知識などを基に自分が表現したい主題をしっかりと意識して考え,それぞれの考えを交流するなどして深めながら自分の表現方法で作品として実体化されたときに実感することができる。
・ また,鑑賞の活動においては,作品などを自分の見方や感じ方に基づいて感性や想像力を働かせて見つめたり,対話的な活動を通して新たな価値と出合ったりする中で,美術や美術文化などに対する見方が深まり,新たな発見や感動をしたり,自分としての新しい意味や価値をつくりだしたりしたときに実感することができる。
このように創造活動の喜びは,このような活動の主体者の内面に重点を置いた活動を展開する中で,新しいものをつくりだしたいという意欲とそれを実現するための資質・能力が調和して働いたときに豊かに味わうことができるようになるものである。
美術はこのような表現の活動や鑑賞の活動を美と創造という観点から追求していく学習であり,それらを実感していく喜びは,充実感や成就感を伴うものとして特に大切にする必要がある。
また,創造したものが心や生活に潤いをもたらしたり役立ったり,他者に認められたりしたときも創造活動の喜びや自己肯定感を強く感じるものである。
したがって,美術の創造活動の喜びは,美術の表現及び鑑賞の全過程を通して味わわせることを目指している。
② 「美術を愛好する心情を育み 」
愛好する心情を育むためには,一人一人の生徒がやりたいことを見付け,そのことに自らの生きる意味や価値観をもち,自分にしかない価値をつくりだし続ける意欲をもたせることが重要である。
したがって,美術を愛好していくには
・ 「楽しい」,
・ 「美にあこがれる」,
・ 「考える」,
・ 「時の経つのを忘れて夢中になって取り組む」,
・ 「目標の実現に向かって誠実で忍耐強く自己努力をする」,
・ 「絶えずよりよい創造を目指す」
・ 「他者の考えを認め合う」
などの感情や主体的な態度を養うことが大切である。同時に,具体的に表現や鑑賞をするための発想や構想に関する資質・能力,創造的に表す技能,鑑賞に関する資質・能力などが求められ,愛好していく過程でそれらが一層高められる。
このように,美術を愛好する心情は,美術を好み楽しむことをはじめ,生活における心の潤いと生活を美しく改善していく心や豊かな人間性と精神の涵養に寄与するものである。
・ 表現の活動においては,創造する喜びとつくりだした満足感や自信が更に高い課題意識を湧出させ,自己挑戦していく強い意志と愛好心につながっていくようにすることを目指している。
・ 鑑賞の活動においては,自分の見方や感じ方を大切にし,様々な美術作品や美術文化,自然や現象などに触れ,味わい,理解することが美術を愛好することに深く関わることから,鑑賞の楽しみ方を身に付け,時代や地域における文化の違いによる表現の違いやよさの理解などを深め,鑑賞の活動を愛好し心豊かな生活を創造していく態度を形成していくことを目指している。
③ 「感性を豊かにし 」
美術科で育成する感性とは,
様々な対象や事象からよさや美しさなどの価値や心情などを感じ取る力であり,知性と一体化して人間性や創造性の根幹をなすものである。
また感性は,創造活動において,対象や事象を捉えたり思考・判断やイメージをしたりするときの基になる力として働くものである。
美術科は特に,対象や事象のもつ美しさや生命感,心情,精神的・創造的価値といったものについての感性を中核としており,目に見えるものや,目に見えない想像や心,夢,精神,感情,イメージといったものを可視化・可触化できる教科である。
変化の激しい現代社会での生活においては,どのような未来を創っていくのか,どのように社会や人生をよりよいものにしていくのかということを創造的に考え,心豊かにたくましく生きていく観点からも感性の育成の重要性が認められる。
美術において感性を育てることは,豊かな心や人間性を育み,社会や人生の在り方を創造的に考えていく観点から極めて大きな意味をもっている。
対象や事象からよさや美しさなどの価値や心情などを感じ取る力を育成するためには,
表現や鑑賞の活動を通して視覚や触覚などを十分に働かせ,これまでの表現や鑑賞の活動の経験なども生かして,造形の要素に着目してそれらの働きを捉えたり,全体に着目して造形的な特徴などからイメージを捉えたりする造形的な視点を豊かにする学習が重要となる。
また,感性はその時代,国や地域などに見られる美意識や価値観,文化などの影響を受けながら育成されることから,特に鑑賞では,作品や作風,多様な美術文化,時代や地域の特徴などから,そのよさや美しさ,作者の心情やそれらを大切に守り,現代まで受け継いできた人々の気持ちや生き方,感謝や畏敬の念及び様々な国や地域の人々が共通にもっている美に対するあこがれや親しみなどを文化的な視点から感じ取ったり考えたりする学習を積み重ねることが大切である。
④ 「心豊かな生活を創造していく態度を養い 」
私たちは,生活や社会の中で,動植物,風景,四季や自然現象,日用品を含む工芸品などの自然や環境,生活に見られる造形などから,日々,美術の働きに恩恵を受けたり実感したりしながら生きている。
心豊かな生活を創造していく態度を養いとは,
学校生活だけでなく,学校外の生活や将来の社会生活も見据え,生活や社会を造形的な視点で幅広く捉え,美術の表現や鑑賞に親しんだり,生活環境を美しく飾ったり構成したりするなどして,心潤う生活を創造しようとする態度を養うことである。
表現や鑑賞の活動を通して,造形的な見方・考え方を働かせ,多様な価値観を形成する美術科は,人々の生活と密接に関係する教科である。
教科としての学びを実生活や実社会とつなげ,生かしていく中で,これまで気付かなかった美術の働きがどれほど豊かなものかということについて実感できるようにすることが重要である。
したがって,美術科の授業の内容を学校内で閉じることなく,生活や社会とつなげて関わりをもたせ,気付かせる工夫をしながら,主体的に生活や社会の中で美術を生かし,創造していく態度を養うことが重要である。
⑤ 「豊かな情操を培う 」
情操とは,
美しいものや優れたものに接して感動する,情感豊かな心をいい,情緒などに比べて更に複雑な感情を指すものとされている。
特に美術科では,美しいものやよりよいものにあこがれ,それを求め続けようとする豊かな心の働きに重点を置いている。
それは,知性,感性,徳性などの調和の上に成り立ち,豊かな精神や人間としての在り方・生き方に強く影響していくものである。
美術の活動は,創造的な体験の中で感性を豊かにし,表現及び鑑賞に関する資質・能力を伸ばし,美意識を高め,自己の世界として意味付けをし,多様性を理解し自らの夢や可能性の世界を広げていくことから,豊かな情操を培う上で極めて重要な役割をもつものである。
情操を培うためには,造形的な視点を豊かにもち,
表現の活動においては,
・ 対象や事象を深く観察し,
・ 感じ取ったよさや美しさなどや,自らの心の中を見つめそこから湧出した感情や夢などを,
・ 自分の表したい感じや気持ちを大切にして描いたり,
・ 他者の立場に立って使いやすく美しいものをつくり,生活や社会の中の美術の働きを考えたりするなど,
思いを巡らせながら創造的に学習を進めることが重要である。
また,鑑賞の活動においては,自然や美術作品などのよさや美しさ,美術の働きや美術文化の創造の知恵や仕事への共感・感動などを味わうことを通して情操を豊かに涵養することなどが大切になる。
このような美術の学習は,主体的な創造活動を通して,造形的な視点を豊かにもち,心を生き生きと働かせて,自己実現を果たしていく中でよいものや美しいものをつくりだす喜びを実感的に味わうことにより,よさや美しさを自分の中で大事な価値とし,それらにあこがれる心が一層豊かに育っていくことになる。
資料
「図画工作科,美術科,芸術科(美術,工芸)において育成を目指す資質・能力の整理」
中教審添付資料「図画工作科,美術科,芸術科(美術,工芸)において育成を目指す資質・能力の整理」において,「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力・人間性等」という資質・能力の三つの柱を学校段階ごとに示しています。
「図画工作科,美術科,芸術科(美術,工芸)において育成を目指す資質・能力の整理」
出典:文部科学省「中学校学習指導要領解説 美術編 第2章 美術科の目標及び内容 第1節 美術科の目標」平成29年6月[ONLINE]http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2017/10/13/1387018_7.pdf(参照2018/04/05)を加工して作成
文部科学省「中学校学習指導要領解説 美術編 第2章 美術科の目標及び内容 第1節 美術科の目標」平成29年7月[ONLINE]http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2018/05/07/1387018_7_1.pdf(cf:2018-12-17)