1 訪れる人で賑わう鞆の浦
十一月下旬,瀬戸内海に面す広島県福山市の鞆の浦を訪れました。
穏やかな秋の日。
観光客も多く,車と人で賑わっていました。
行きは,福山西インターチェンジを降りて,鞆の浦の街に西側から入ろうとしました。
そのとき,カーナビゲーションは,東側の大回りルートを案内。最短コースの西側ルートは,通行困難のマークを表示。
地図で街を俯瞰すると,目的地まで道路が何本かつながり,なんとか通れそうでした。そのため距離の近い西側から街へ進入しました。
そのまま進むと,車一台が通れる程度の狭い道。唯一の空き地に車を寄せて,交互に通行する道路。地元の人々は慣れたもので,生活道路として地元ナンバーの車は頻繁に行き交っていました。
当方は新参者でしたが,幸いにも誘導する警備員のおかげで,交互通行を無事通過できました。
狭い道を通り抜けると,東の海岸側に出ました。
東側の道路は,二車線が確保され,走りやすい道路でした。観光案内所などもあり,やはり,こちら側がメインの道路のようでした。
帰路は,迷わず東側を通りました。
2 見方・考え方
(1)社会的な見方・考え方
さて,鞆の浦は,広島県福山市に属し,瀬戸内海の中央に位置します。
沿岸部と沖の島々一帯は鞆公園として,国の名勝および国立公園に指定されています。
国立公園は,現在34箇所あります。
環境省は,それらの国立公園を,
「日本の自然がここにある。自然とふれあう旅に出かけよう!」
をキャッチフレーズとし,日本を代表する自然の風景地として保護し利用の促進を図る目的で指定しています。
国立公園とは,「日本を代表するすぐれた自然の風景地を保護するために開発等の人為を制限するとともに,風景の観賞などの自然に親しむ利用がし易いように,必要な情報の提供や利用施設を整備しているところであり,環境大臣が自然公園法に基づき指定し,国が直接管理する自然公園」*1です。
その中でも瀬戸内海国立公園は,1934年3月16日に雲仙国立公園と霧島国立公園とともに,最初に指定を受けています。
この国立公園指定の取り組みを捉えるとき,人々の工夫や努力,仕組みづくりや事業といった事象や人々の相互関係の視点である社会的な見方・考え方が働いています。
鞆の浦の東は瀬戸大橋,西はしまなみ海道,南は愛媛県と香川県に囲まれて,大きな湾を構成しています。
中でも海を挟んだ南側の石鎚山は,四国山地西部に位置する標高 1,982m の山で, 近畿以西の西日本最高峰の山です。
四国山地と大小様々な島,そして背後の中国山地に囲まれた備後灘(びんごなだ)を含めた瀬戸内海は,外海とは隔てられています。冬の冷たい北風や夏の湿った南風といった,季節風の影響を受けにくい穏やかな海です。
そのため,この地域は,瀬戸内式気候と呼ばれ,年間を通じて天気や湿度が安定しています。訪れた日も,典型のような日和でした。
このような鞆の浦の地理的位置や地形,気候といった視点から捉えるとき,位置や空間的な広がりの視点である社会的な見方・考え方が働いています。
*1 環境省「日本の国立公園」国立公園について 歴史と制度[ONLINE]https://www.env.go.jp/park/about/history.html(cf:2018.12.04)
(2)言葉による見方・考え方
備後灘や四国側に接する燧灘(ひうちなだ)は,太陽が南中する昼頃は太陽に照らされ光ります。
星の瞬きが海面に集中しているかのようで,まばゆいばかりの光を反射します。その海の様子を見ていると,備後灘の海と鞆の浦の地が太陽を独り占めしているかのようです。
風光明媚なこの地では,秋とはいえ,海も気候ものたりのたりかなと言った言葉が実感できます。
のたりのたりの海面は,湖と見紛うような静けさです。
波頭が崩れるような波は微塵も見えず,さながら海面に風紋ができているようです。この日の鞆の浦の海は,心地よい眠気を誘う風景です。
このように風景や気候,感じたことを言葉で捉えようとするとき,対象と言葉との関係を,言葉の意味,働き,使い方等に着目して捉えたり問い直したりして,言葉への自覚を高める言葉による見方・考え方を働かせています。
(3)造形的な見方・考え方
「私たちは日々,様々な形や色彩などに出合いながら生活している。身の回りには形や色彩などの造形の要素が働き,それらが複雑に組み合わさり様々なイメージをつくりだしている。同じものを見てもよさや美しさを感じる人もいれば,そうでない人もいるように,どれだけ多くのよさや美しさが自分の身近な生活の中にあったとしても,造形的な視点がなければ気付かずに通り過ぎてしまう。」*2
瀬戸内の海を眺め,絵画に表現したい。穏やかに時が流れるイメージをもちながら意味や価値をつくりだすことは,造形的な見方・考え方です。
*2 中学校学習指導要領「美術」造形的な視点の解説[ONLINE]https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/03/18/1387018_007.pdf(2019.12.04)
3 音楽的な見方・考え方
(1)鞆の浦の地に宮城道雄像
鞆の浦歴史民族資料館に南側から行くと,長い階段を上ります。100段弱の階段です。
階段を上り切ると,視界が開ます。そこでは,街並みの屋根越しから海が見渡せます。
さらに右へ小道に沿って進みます。
史料館へ向かうと,建物の西側に像があります。
宮城道雄の像です。
宮城道雄といえば「春の海」。
毎年,正月三が日には商店街などを歩くと,この曲が聴こえてきます。
正月のテレビ番組でも定番の曲です。
このような鞆の浦の地に宮城道雄像があることは,合点がいきます。
箏と尺八による箏曲「春の海」が,瀬戸内の海と太陽が作る風景や空気感を見事に表現していることを実感するからです。
(2)音楽的な見方・考え方
箏曲「春の海」は,自分の体験をもとに,瀬戸内の海をイメージしながら作曲したと言われます。
宮城道雄が,春の季節の海をどのように感じ,どのように考えていたのか興味深いところです。
その見たこと感じたことの体験をもとに,音楽的な見方・考え方を働かせ音楽の手法を駆使して,箏曲「春の海」を生み出しています。
「宮城は曲のモチーフとして,大正6年(1917年)上京する際に航路で旅した瀬戸内海をイメージして描いている。」*3
「この曲は,父親の故郷であり,自身が幼少期を過ごした鞆の浦を思って創作した」*4と言われています。
音楽的な見方・考え方とは,
「音楽に対する感性を働かせ,音や音楽を,音楽を形づくっている要素とその働きの視点で捉え,自己のイメージや感情,生活や文化などと関連付けること」*5
です。
宮城道雄は,この音楽的な見方・考え方を働かせて,瀬戸内の春の海の様子を箏曲に表現しています。
箏と尺八の音色やリズム,フレーズ,音の重なり,
ゆっくりとした速度,
波が寄せては引き,寄せては引くような箏の旋律,
穏やかな強弱と拍の流れなど,特徴的な曲です。
また,箏が同じフレーズを緩やかなリズムで反復することで,穏やかな波が繰り返し寄せては返す様子を想像させます。
これらの表現の工夫があいまって,曲のよさや美しさを醸し出しています。
誰もが春の海を表すと共感できそうな特徴的な曲を,宮城道雄は創作しています。
*3 随筆「『春の海』のことなど」ウィキペディア(Wikipedia)[ONLINE]https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5%E3%81%AE%E6%B5%B7(cf:2018-12-04)
*4 福山市鞆の浦歴史民俗資料館[ONLINE]https://tomonoura.npnp.jp/spot/12655/(cf:2018-12-04)
*5 小・中学校学習指導要領音楽編「音楽的な見方・考え方」[ONLINE]https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/03/18/1387018_006.pdf(2019.12.04)
4 多様な見方・考え方の育成
春の海 与謝蕪村
春の海 終日のたり のたりかな
「春の海」は,与謝蕪村が,丹後与謝の海を風情を詠んだと言われます。そこは,日本三景の一つである天橋立とともに,古来詩歌に詠まれた景勝地です。
丹後の海ではありますが,のどかでゆったりとした海の様子の表現は,宮城道雄の「春の海」と通じるものがあります。
この俳句を詠むと,それだけで心を和ませ,うとうとと眠気を誘う語感があります。
ちょうど,子供がすぐに眠る,眠くなる絵本で話題の「おやすみ,ロジャー 魔法のぐっすり絵本」のような効果です。
「さーて,今からとっても眠くなるお話をしましょうか。すぐに眠っちゃう子もいるし,夢の国につくまでにちょっとだけ時間がかかる子もいます。
【あくびする】【なまえ】は,どっちかな?いますぐ眠る?それとも,お話の終わる頃に眠る?」*6
伊坂幸太郎「ゴールデンスランバー」の黄金のまどろみにも通じるでしょうか。音楽的には,ビートルズ「ゴールデンスランバー」でしょうか。この曲のもとは子守唄です。
Golden slumbers fill your eyes
至福のまどろみが,君の瞼いっぱいに広がる
Smiles awake you when you rise
起きたとき,笑顔で君は目覚める*7
このように言葉や音楽は,見るもの感じるものをより豊かにします。
日常生活の出来事や感じたことを,学んだ見方・考え方を働かせて,見直したり考えたりすると,より豊かに感じたり,見えていなかったものに気付いたり,また,問題に気付いたりできます。
子どもたちに,言葉による見方・考え方,音楽的な見方・考え方など見方・考え方を働かせる力を育成することは教育の重要課題の一つです。
*6 カール=ヨハン・エリーン (著), 三橋美穂 (監修)
*7 Golden Slumbers : Paul McCartney / John Lennon Sony/ATV Music Publishing LLC(一部抜粋,拙和訳:筆者)